___ 1965年


ぼくが東京世田谷にある笠川貞道先生宅に内弟子として入ったのは
1965年4月1日だった。

仕事場の前庭脇に土台のない土の上に直かに建てた小屋が住まいとなった。
冬などはコップに入れた水が凍ったりした。

弟子に入ってからすぐにヴァイオリンを作らせてもらえるのかと思ったが
その頃の毎日はヴァイオリンの弓の毛を140本をそろえるだけの仕事だった。

先生はヴァイオリン作りだけでは食べていけないから君にはまず修理を教えるとのことだった。期待には大いにはずれたのだが今になって先生の言葉が正しかったことを知った。実際クレモナに来て細々と生きてこられたのは修理ができたからであった。

このヴァイオリンの材料は先生から頂いた。ラベルには1965年と入れてあるがこれは作り始めた年で仕上がったのは1969年だった。ほとんど先生は製作法を教えなかったので盗み見をしながら作ったから4年もかかったのである。このヴァイオリンは現在クレモナの工房にある。仕事場に泥棒が入った時なぜか盗まれなかった因縁のあるものでこれからどうなるかわからない途方もない頃の懐かしい思い出多いヴァイオリンである。